blind prospection? もしくは小泉支持者は愚かか?

 ココログに書いた記事との関連で.
 回顧投票(retrospective voting)の考え方は単純だ.要は不確実性の高い将来についての計算に基づいて有権者は投票する(投資理論の考え方を応用したprospective voting)のではなく,政府の目に見える具体的な実績に対する評価に基づいて投票するという考え方である.将来の計算より,政権のスタートから現時点までの損得計算のほうが簡単で有力な投票基準足りうる,ということにつきる.
 上に紹介したココログの記事では小泉マジックが今回の選挙における投票基準を,情報戦によってretrospective votingから小泉のリーダーシップ評価(ないしは期待)にすりかえることに成功しているのではないか,というのがその趣旨だった*1これは有権者が愚かだからなのだろうか?というのがここでの問いである.

 「『小泉支持者はIQが低い』という国会資料」というブログ記事を発見したので,リンクを貼り付けておく.この頁には資料のフルテキストがpdfで置いてあり,なかなか親切である*2.またこの資料に関連した立花隆の論評は,7月7日の日付で発表されている.

 しかしまあ有権者の立場としては,小泉内閣に大した実績がないにしても,実績がないということなら野党である民主党もご同様であり,それだけでは小泉連立内閣から民主党に乗り換える理由にはならないという議論はありうる.こういう推論をする有権者は少なくないように思うのだが,彼らは愚かであろうか?実績比べで大差がない場合,実行力の指標としてリーダーシップ評価を用いて有権者が政党選択をした場合,それを愚かと呼ぶべきか?
 確かに小泉政権はこの選挙に臨むにあたり,山積する問題についてなんら具体的な解決策を示していない.あくまで「改革の本丸としての郵政民営化」というポイントのみを強調しているだけである.これが奏功して有権者が投票先の選択基準として回顧投票を放り出し,小泉への期待に基づいて投票することを選んだとしたら,それは小泉政権による有権者の説得の成功ということになる.この説得が何によって成功したのかを

民主制のディレンマ―市民は知る必要のあることを学習できるか?

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に依拠して考えると,それは衆議院の解散ならびに選挙に臨むにあたり自党所属現職議員の非公認するという「高コストな労力(costly effort)」の投入によると考えられる.この場合,説得された有権者は愚かか?衆議院の解散という「高コストな労力」の投入(ならびにrisk-taking behavior)は,小泉にとり「郵政民営化」がチープ・トーク(口先だけの姿勢)ではないこと,すなわち小泉の選好を有権者に対して明確に伝える.現職議員の非公認は「郵政民営化」という問題に関する小泉の優先順位の高さと,小泉の選好こそが今の自民党の選好であることを,メッセージとして有権者に明確に伝えただろう.これ以上の明確さを持って,民主党の選好や岡田党首の選好が有権者に伝わっているとは思いがたい.これぞ情報戦における立ち遅れ,である.
 もちろん小泉のシグナルに説得されて小泉連立政権に投票した有権者が,将来小泉に騙されたと感じる可能性は残っている.具体的には小泉についていったが,彼の政策ないし政治指導は自分たちの厚生(welfare)を向上させなかった,ゆえに騙された,と有権者が感じる可能性である.ただ,すんなりこのような判断を有権者が行うとは限らない,たとえば,有権者にとって自分たちの厚生が将来低下することがすでに視野に入っていて,その低下をどの程度で食い止めるかに焦点が当たっているのだとしたら?この場合,「小泉がやってこの程度だから,岡田がやったらもっとひどかった」というreasoningを行う余地が残されていることになる*3.そうなると有権者が間違いなく小泉に騙された,と判断することは容易ではないように思われる.そう判断できない有権者は愚かであろうか? 

*1:ちなみにAPSA最終日の日本政治セッションにおいては,ディスカッサントの河野勝早稲田大学教授によって,リーダーシップについてきちんと定義された政治学の研究蓄積があまりないことが指摘されていた.

*2:ここでこのwebsiteのについて説明したら公職選挙法違反の疑いに問われるのかな?

*3:このreasoningはほとんど社民党党首福島瑞穂の演説内容にあったものと等しい.すなわち「日本国憲法9条があるからサマーワ自衛隊は自分たちのキャンプに引きこもっているのであって,9条がなければ米軍と一緒にイラク人を殺す側に回っているのだろう」というヤツである.つまりここでは憲法9条が自衛隊派遣の歯止めとならなかったことは言及されていない.