政治家に対する取材,オーラル・ヒストリー

なんでこれ朝日新聞でやらないの?

 魚住昭「衝撃スクープ『政治介入』の決定的証拠」『月刊現代』2005年9月号,28-49.
 自民党による朝日新聞の取材拒否のきっかけとなった記事.安倍晋三中川昭一によるNHKの番組内容(ETV特集「問われる戦時性暴力」)への改変圧力がテーマ.
 魚住昭と言えば多くの仕事をしているジャーナリスト.近年のヒット作は

野中広務 差別と権力

野中広務 差別と権力


 この記事のネタになっているのは朝日新聞記者の取材によって得られた情報.松尾武NHK放送局長(取材当時)に対する取材は途中でメモをとるのをやめている(p.34)ということなので,録音記録を(おそらくは松尾氏に断りなく)まわしての取材記録と推測される.魚住氏が入手したのもおそらくはこの録音記録だろうが,その点についてはこの記事では明記されていない.
 自民党朝日新聞の取材拒否をした理由は,朝日新聞もしくは取材記者が資料を(魚住氏もしくは『月刊現代』に)横流ししたということ.関連記事としてたとえばhttp://news.goo.ne.jp/news/sankei/seiji/20050802/m20050802005.html
 でも肝心の当事者であるasahi.comでこの問題に関する記事をまだ見つけらないんですけど,なんで?事実関係を法廷で争うから?
 そもそもこういうネタがあるんなら朝日新聞で書けばいいんじゃないの?と思うんですが,デスクさんが書かせないんですかね.ネタを『月刊現代』に流したということは朝日新聞じゃ記事にできないってことなんかないかと推測しますが,間違ってるかな?間違ってないんだとすると,朝日新聞もよくわからんなあ.自民党と手打ちをしたいわけ?

 自民党朝日新聞に対する抗議声明」自民党朝日新聞社に対する取材拒否撤回を求める緊急声明: 日隈一雄弁護士×海渡雄一弁護士 (2005年8月5日・弁護士会館)」はhttp://www.videonews.comにおいて無料で公開されている.この声明では,ジャーナリストが政治家を取材する際に,テープを回すのはいちいち断らなくてもいいし,誘導尋問(「ひっかけ」という言葉が使われていますが)も盗みどりもありである,向こうは権力者なんだから,ってな見解も聞けます*1.それをスタンダードにした場合,それでもインタビューに応じてくれる政治家ってどれくらいいるかな?
 それはともかく,せっかくこんな援護射撃をもらっても,朝日新聞社として取材拒否の正当性を国民に問うキャンペーンってしないの?やっぱりよくわかんないんだなあ.朝日新聞に取材したいくらいだけど,新聞社ってこっちの話は聞きたいって来るけど,こちらが話を聞きたいと追いかけると結構冷たいんだよなあ.
 NHKの番組内容って制作中に外部に簡単にもれるもんなんですね.でもなんで維新政党・新風?(p.33).で,それって中川さんにとっては「同じような問題意識を持っているわれわれの仲間」(p.41)なわけですね.なんだか気になるなあ.維新政党・新風ってどういう政党なんでしょう.http://www.shimpu.jpn.org/
 この政党の活動資金とかどこから出ているのでしょうね.参議院選挙で候補者立てたりしているから,政治資金収支報告書を調べれば少しはなんかわかるのだろうか(あんなもの,何の役にも立たないという新聞記者さんの声を聞いたことがありますが*2).

んで,オーラル・ヒストリーなど

 日本の政治学の世界では最近オーラル・ヒストリーという研究手法を散見することが増えてきました.その代表者はやはり東京大学先端科学技術研究センターの御厨貴先生ですね(http://www.mikuriya.rcast.u-tokyo.ac.jp/oral.html).でもこの手法だと,政治家やエリートの言いたいことを基本的にはいはいと承るということになりはしないかという心配があります.もちろん,1人にしか話を聞かないわけではないから,いろいろな人から話を聞いて,それをパノラマ的に並べたらある程度のクロス・チェックはできるでしょう.でもエリート同士が口裏を合わせていたらアウトではないでしょうか.権力者へのインタビュー手法と,市井の人々とのインタビュー手法とは必ずしも同一ではないのかもしれません.このあたりのことを確認するためにも1度是非「オーラル・ヒストリー夏の学校」(http://www.mikuriya.rcast.u-tokyo.ac.jp/oral-school/index.html)に参加してみたいのですが.今年は無理だったな.
 今年の選挙学会大会企画の1つに「質的研究の方法論」というセッションがありました(ってか私の企画ですが).そこで駒澤大学の三竹直哉さんからなされた問題提起もそういう趣旨だったと理解しています.確かに我が身を振り返っても,政治家もしくはその周辺の人から話を聞こうとするときには,その人の利益を損ねないような配慮をしてしまいがちです.そうやって信頼関係を作らないと話自体を聞くことができない.信頼関係を損ねると以後2度とその人から話を聞くことはできないことを覚悟せざるを得ない.別に話を聞ける人がいる場合はいいですが,その人しか,という場合には尚です.しかしそのような関係はある意味で共犯関係です.はっきり言ってしまうと,エリートからのヒアリングからは多くの場合,彼らにとって都合の悪い情報は基本的に出てこない.ということはエリートからのヒアリングで得た情報に対しては,かなり厳密かつ多面的な資料批判がなされる必要があるということになります.
 オーラル・ヒストリーは,特定の人から見た世界あるいはその人の世界観を記述する方法で,そこには当然インフォーマントによる自己正当化の契機も含まれている.ゆえに鵜呑みにはできない.
 学者というのは基本的に情報源の公開が原則です.情報源を公開できない情報にはできるだけ依拠しないようにして論文を書こうとします.なぜなら公開できない情報源に基づく議論は検証ができないからです.しかしどうしてもこの原則を貫徹できないこともあります.自分から話を聞いたことを明らかにしないなら話をしてもいいというインフォーマントもいて,その情報の重要性が極めて高い場合です.その場合は,やはりその情報に依拠した議論の信頼性は割り引いて考えなくてはなりません.
 ジャーナリストは情報源を秘匿することがあります.このあたり作法が違うのだとしかいいようがありません.
 ま,そういったことも含めて,方法論的なことを議論するアリーナがほしいなあと強く思う昨今なのでした.

*1:これの見解自体に賛成できない人もいるでしょう.でもだったら政治家に対する取材手法のあり方について,大論争をやればいいんだよな,それこそ朝日新聞でさあ.

*2:ちなみにその方は

代議士とカネ―政治資金全国調査報告 (朝日選書)

代議士とカネ―政治資金全国調査報告 (朝日選書)

のことを「壮大な浪費」と言っていました.でも政治資金報告書を見ると,献金者リストに名前が出てくるわけで,もちろんその方が本当にその金額を献金したかどうかはわからないわけですが,少なくとも報告者を作る人にとってavailableな名前であることはわかるわけで,それはそれで1つの貴重な情報だと私は思っています.